ネコ写真_5:ポール・ボウルズ

ボウルズとその猫Dubs(Dubz)。1956年タンジールにて、Herbert List撮影。…という写真を見つけたが、掲載先が転載に気を使っているのでリンクのみ。大きくてよさげな猫。
http://www.paulbowles.org/photosfriendstwo.html
その猫ダブズの話。後にジェーン・ボウルズの評伝で知られることになる友人ミリセント・ディロンとの会話。
※下の写真の猫は関係のない猫。

「ある日、ジェーンの具合が悪かった時期だから68年か69年ごろ、あなたとシュクリがジェーンのアパートを訪ねたという話よ。私はジェーンの家は知らないから、ひょっとすると単に違う部屋へ行ったということかも知れないわ。いずれにせよ猫が窓台に座っていて、シュクリが言うにはジェーンの猫じゃないけど彼女が世話していた猫ってことだったわ。で、シュクリは、あなたが窓から猫を突き落としたって言うのよ。」
「僕が何をしたって?」ポールは信じ難いという顔で聞いた。「窓から落した?」
「こんな感じで」私は手で落す仕草をやってみせた。「あなたが窓から猫を突き落して、猫は地面に落ちて死んだと。」
「彼は本気で言っているの?」
「そう信じてるわ。私もシュクリに『ありえない』って言ったんだけど。」
「まったくだ。」
「でも彼が言うには『本当のこと』ってことよ」私はシュクリの声色で言った。ポールは笑う。
「ひょっとしたら犬だったかも」と私は冗談を言う。
「僕はいかなる動物でも窓から落としたりはしないよ」ポールは苦々しく言った。
「知ってるわ。でもシュクリみたいな男ならどう? 彼は神話を語る才能があるのかも知れないわね。」
「知らん。でも酔っぱらったらありうるかもな。僕は飲まないけど。」
「その話で不思議なのは」ちょっと間をおいてポールは続けた。「僕の猫ダブズの運命だな。アメリカかどこかへ行ったときにアン・ハルバッハに預けて行って、帰ってきたときにジェーンと一緒に真っ先にアンの家に引き取りに行ったんだけど、アンは『ダブズは窓から歩道に落ちて死んだわ』って言ったんだ。悲しかった。その話で思いつくのはこのことだけだ。まったく変な話だ。」
「シュクリはこれを本に書いてるかも知れないわね。」
「多分書いてるんだろうな。人が考えることは分からん」ポールは言った。

Millicent Dillon, You Are Not I: A Portrait of Paul Bowles, University of California Press, 2000, pp. 315 - 316.

そして別の猫フランシスの事を書いた手紙。たまたま見つけたものだが、なぜか悲しい話ばかり。

キャロル・アードマン宛
1974年3月23日、タンジー

木曜の午後にフランシスの新生活の様子を見に行ってAmichat*1でもあげてくる予定だったのだが、水曜日にアブデルアイドの父が亡くなったので全部取り止めになった。一方でムラベはマルタが家の前でフランシスを轢いて殺してしまう夢を見たようだ。彼の夢は珍しいことではないから別に驚きはしなかった。昨日ようやくマルタのところへ行ったところ、ひどく沈んだ顔のスージヤが出てきて「あの猫、死んだわ」と言った。聞いてみると、どうやらフランシスはあの辺の犬の一匹に喉をやられて、プレストン先生も救いようがなかったらしい。彼女が不服そうに言うには「あの木の隣、例の黒い猫を埋めたところへ埋めた」とのこと。モロッコにいた頃のことを思いだした。真夜中に黒猫を使った儀式が行なわれるというヴィジョンが脳裏を掠めるとき、マルタがイタリアにいるということだけが慰めだった。少なくとも、彼女に責任はないのだと。一方ムラベはこの事件のことを伝えると、頭を振って「プリンチェーザ(※マルタのこと)のせいだ。二晩前の夢で彼女がそう言ったんだ。轢いたと言ったけれど、本当は犬歯で喉に咬みついたんだ」と言う。ローマにいようといまいと関係ない。彼女がそこから手を下した。そうじゃない? などなど。マルタが一日中魔法に凝っていると言い張るブリオン・ギザンに聞かせたい話だ。いずれにせよ僕はひどくショックで悲しかった。彼はとても美しい猫だったし、それよりも何よりも君の猫だったからだ。何が起こったのかよく分からないし、何もかもはっきりしない。彼が死んだということ以外。彼をあそこを預けていたのは僕の落ち度だ。そこら辺の猫にAmichatを与えて、がっくりとして家に帰った。ムラベが予知夢を見たというのが一番神経に障る。伝えたいことはこれだけ。

Paul Bowles, Jeffrey Miller, In Touch: The Letters of Paul Bowles, Straus and Giroux, 1995, p. 458

*1:手近な辞書にはないが、おそらく ami + chat ということで猫にあげる食べ物か玩具か。