「立場を離れて」

本人の著書やブログは読んでいないが、ちょっとしたきっかけで例の発言について二周遅れくらいで思ったこと。

例の「取締役という立場を離れて」という発言は叩かれたが、あれは結局、梅田望夫が不特定の受け手に対峙する技術だと述べていた「純粋な個人として発言する」という作法の愚直かつリテラルな実践であったように思える。そうした手法は理想論であって現実には通用しないことが明らかになったわけだが、「釣られる」作法としては、リテラルに真に受けるのがゲームとして正しかったのかも知れない。梅田にとっては、あれに対する「取締役がユーザーをコケにした」という反応は結局「読まずに批判」という同じことの堂々巡りだろう。

とすると、建設的に反応する義務も意欲もない受け手にとっては、これまでに数知れなく発言された(であろう)「はてなユーザーは云々」という匿名コメントのように無視するのが正解だったということになるが、梅田があくまで自分のルールを貫いた場合は、無視されたとしても騒動と同じくらいのダメージがあった(少なくともそのように受けとった)のではないかと想像する。

というわけで文脈なしにあれを見ると、発言の前段は彼なりの理想論であると同時に理想を愚直に信ずるというポーズだったと思えるが、それがただのポーズなのか、どうなのか。いずれにせよ今となってはどうでもいいことだが、凡人がここから得られる教訓としては…やっぱり「バカ」と断絶は最終手段、ということか。

それは技術なんですよ。何事も練習しないと。[…]

僕は、ネット上でどう振る舞うと不特定多数とうまくやっていけるのかということを体で分かるようになってきました。ずいぶん時間的な投資をしてきましたからね。だから全然怖くないんです。やってはいけないことが分かっているから。[…]

本を読んでそれに対する感想をブログに書いたり、日常生活でこんな楽しいことがあったと書いたりとかしたときに、そんなところに変なことを言ってくる人はいない。

しかし、イデオロギーとか政治にかかわることとか、あるいはアイドルをけなすとかはだめ。[…]

それから書き手の立場にもよります。個人はたたかれにくい。一方で、組織はいろいろなことがある。[…]

純粋な個人というのはそんなに責められる要因がないから、自分の考えを言うのは大丈夫な場合が多い。

http://sankei.jp.msn.com/economy/it/080101/its0801010826003-n1.htm

はてな取締役であるという立場を離れて言う。はてぶのコメントには、バカなものが本当に多すぎる。本を紹介しているだけのエントリーに対して、どうして対象となっている本を読まずに、批判コメントや自分の意見を書く気が起きるのだろう。そこがまったく理解不明だ。

http://twitter.com/mochioumeda/status/996601415